このお話は「東地中海世界の諸民族その2 ヘブライ人と一神教」の続編です。
ヘブライ王国。
サウル王。
「約束の地」カナンは以前から交通の要衝であり、様々な民族が入れ替わり支配した地域である。だからヘブライ人がたどり着いた時、すでに先住民が繁栄していた。
そんな先住民の一つがペリシテ人である。パレスティナという地名は、実はこの民族がもとになっている。
ペリシテ人は、かの海の民の末裔だと考えられている。
元からいたペリシテ人と侵略者であるヘブライ人とは、長いこと抗争を繰り返した。
そこでヘブライ人たちは団結し、サウル王を立てて王国を建設した。前1020年頃のことである。
ダヴィデ王。
ペリシテには身の丈3メートルの屈強な巨人がいて、名をゴリアテといった。
あまりに強かったので、ヘブライ人たちは恐れて誰も彼と戦おうとはしなかった。
ある日ゴリアテはヘブライ人に向かって「俺と一騎打ちしてお前たちが勝ったら、ペリシテ人は全員お前たちの奴隷になってやる。しかし俺が勝ったら、ヘブライ人が俺たちの奴隷になれ。」と挑発した。
しかしヘブライの兵士たちは誰も名乗り出ようとしない。そんな情けない状況を見ていた羊飼いの少年ダヴィデ。「だったら俺が受けて立つ」と名乗り出た。
ファイル:'David' by Michelangelo JBU0001.JPG - Wikipedia
写真は1504年にミケランジェロが作成した「ダヴィデ像」。おそらく完成当時は右手に投石機を持っていたと思われる。
巨大な槍を構えるゴリアテに対し、ダヴィデは落ちていた石を拾うと、落ち着いて投石機に乗せた。
ものすごい勢いで突進してくるゴリアテに対し、ダヴィデは狙い定めて石を投げた。
石が見事ゴリアテの額に命中すると、ゴリアテはもんどりうって倒れてしまった。するとダヴィデは素早く倒れたゴリアテに近づき、ゴリアテの持っていた剣で彼の首を切り落とした。
これを見たペリシテの兵は総崩れとなり、そのまま撃退されるのだ。
そして前1000年にサウル王が戦死すると、ダヴィデが2代目の王となった。
ソロモン王。
前971年、ダヴィデが死んで息子のソロモンが第3代王となった。
彼の時代がヘブライ王国の最盛期である。フェニキア人と組んで海外貿易を積極的に展開した。
また王国の版図も、彼の時代に最大となった。
しかしその陰では、神殿や宮殿の造営で住民は強制労働に駆り出され、税金も重くなるばかりだった。
加えて神殿内には、ヘブライ人が契約を交わした唯一の神以外の様々な神々の像が安置されるようになっていた。
王国の分裂。
前931年にソロモンが死ぬと、人々の不満は爆発した。その結果、王国は2つに分裂してしまう。
イスラエル王国。
アッシリア王サルゴン2世は前722年、ついにイスラエル王国を滅ぼし、住民を奴隷として帝国中に売り飛ばした。
こうしてイスラエルの民は歴史の中に埋没していった。
ユダ王国。
アッシリアの侵攻では生き残った南のユダ王国ではあったが、こちらもその120年後に地上から姿を消すことになる。
前586年、新バビロニア王国(カルデア王国)が国王ネブカドネザル2世に率いられてパレスティナを席巻した。そしてついにユダ王国も滅ぼされることになる。
このときユダの民は、カルデア王国の首都バビロンに強制移住させられた。旧約聖書にあるバビロン捕囚である。
一神教の確立。
イスラエルと違い、ユダの民はかなりまとめてバビロンに移住させられたようだ。だから、長い時間がたっても自分たちが「ユダの民」であるというアイデンティティを忘れずに済んだのだ。
とはいえ、「バビロン捕囚」はユダの民を大いに後悔させた。
王国が滅んだのは、そして自分たちが祖国を失って異国の地へと強制移住させられたのは、神との契約を破棄し、他の神々の像を崇めたからなのだ。
大いに反省したユダの民は、改めて「契約」を思い出し、ヤハウェだけを神とする一神教を確立するのだ。
旧約聖書。
移住先で不自由な生活を強いられたユダの民。いつしか彼らは、神に選ばれ、唯一神と契約を結ぶことを許された自分たちだけが、最終的に神の楽園へと導かれるという選民思想を持つようになった。
だから、いつかこの戒めからユダの民を解放してくれるメシア(救世主)が現れると信じるようになった。
そしてユダの民は、彼らの神話と受難の歴史を本にまとめた。それが彼らの聖典旧約聖書である。
メシアの出現。
ユダ王国を滅ぼした新バビロニア王国も、ついに滅びる時が来た。前538年のことだ。
アケメネス朝ペルシア帝国を建国したキュロス2世が周囲の強国を次々滅ぼし、巨大な帝国の版図を築き上げていた。
オリエント世界の情勢を一気に変えてしまったアケメネス朝。その嵐の中、新バビロニア王国は滅亡した。首都バビロンも占領され、囚われの身だったユダの民も解放された。
そしてユダの民は故郷のパレスティナに帰ることができた。
キュロス2世こそが、ユダの民が待ち焦がれたメシアその人だったのである。
イェルサレムに戻ったユダの民は、改めてヤハウェの神殿を再建した。そしてここに、彼ら独自の宗教であるユダヤ教が確立するのだ。
神話を確信するため。
歴史学とはヨーロッパの人々が始めたものだけど、きっかけは旧約聖書の記述が本当だと確かめるために始められたのだ。「本当か?」ではなく「本当だ!」と確認するための作業として始まったのだ。
旧約聖書は後に成立するキリスト教の聖典でもあるから、キリスト教徒にとっては、旧約聖書の記述が史実である必要があったのだ。
もちろん今では、歴史学がキリスト教世界の人々の専売特許ではなくなっているので、歴史学はありのままの過去を調べる学問になっている(はず)である。
とはいえ、いまだに、例えばアメリカの多くの州では、ダーウィンの進化論は学校で教えてはいけないと法律で定められていたりする。アメリカ人に多いキリスト教原理主義者にとっては、今でも「人間は神に似せて造られた」ことに変わりはないのだから。
神話伝承の必要性。
歴史家のトインビーは「自国の神話を12、3歳までに教えない国は、100年以内に必ず滅びる」と言っている。
しかし、日本人で自国の建国神話を知っている人ってどれくらいいるんだろうか。
諸外国の歴史教科書には、その国の神話が堂々と載っている。しかし日本の教科書には神話など一言も載っていない。
その原因は、おそらく戦前の皇国史観への過剰な反省にあると思う。
もちろん、戦前の教育をすべて肯定するわけではないが、逆に全否定する必要もない。どのような歴史であろうと、それがあるからこそ、今のこの日本があるのだから。
アジアで唯一、欧米列強と互角以上に戦えた国が、この日本だった。それもまた歴史の真実ではないか。
神話とは、その民族が持つ大本の由来である。
すべてを真実と断言する必要はないだろうが、少なくとも、キリスト教をあがめる国も、イスラーム教をあがめる国も、みんな自分たちの国の神話くらい、当たり前のこととして知っているものだ。
なぜなら、聖書やコーランにちゃんと書いてあるんだから。
ちなみに、神話や宗教、王や貴族といった、古来よりある権威をすべて否定し、暴力革命によって強引に建国したソヴィエト連邦という国は、わずか70年で滅んでいる。