このお話は「あと2年は働けるのか」の続編です。
事務長との面談で安心した。
今年度も副担任。そして授業の持ち時間は週14時間。
自分なりに、自分にしかできないであろう仕事を探し出し、そして子供たちからは好評価を受けた。その結果がこれである。
とはいえ、最後のお勤めだ。「立つ鳥跡を濁さず」の心境でやり抜こう。
特に大きな問題もなく6月を迎えた。
この時期は先生方が一人ずつ事務長に呼ばれ、個人面談するシーズンである。
そして自分の番が回ってきた。
「いや、本当によくやっているね。朝の校門での指導もしっかりしている。授業も見せてもらったけど、評価はとても高い。」と、予想に反してべた褒めではないか。
30分ほどの面談だったが、終始こんな感じで過ぎていった。
良かった、これは1年間の努力が認められたということか。とりあえず、他の学校を探さなくてもよさそうだ。
とはいえ、逆に来年度の保証もまったくいただいてない。いただいてはいないが、あの面談の内容でクビはないよな。
これ以上考えても何も変わらないので、今は全力で仕事に励もう。
2月に言われてもさ。
この年度は、つつがなくというか、前の2年がひどすぎたのか、拍子抜けするくらい何事もなく過ぎていった。
そして校長から呼ばれることも、一度もなかった。
年も明け、2月になったころ、教頭から呼び出される。「もう次は決まったのか?」
ああ、そういうことだったのか、この時初めて悟った。「なんだ、そういうことだったんですね。今初めて知りましたよ。」
「え、事務長から何も話はないのか?」
「はい、まったく。最後にお話ししたのは、たぶん6月です。そのときはとてもいい感じのお話をいただいてたので、てっきりこのまま続けられるのかと思ってました。」
教頭は明らかに驚いていた。「ちょっと事務長と話してくる。」そういって教頭は去っていった。
もう2月だぞ、どこをどう探したら次の仕事なんか見つかるんだ。もうずっと教職一本でやってきたんだ、つぶしなんかきかない。他の仕事なんかイメージもわかない。しかも俺、40歳越えてるんだぞ。こんなおっさん、いったいどこの企業が好き好んで使ってくれるっていうんだ。
来年は息子が小学校に入学するんだ。そのとき俺は無職ってことか。冗談にしたって笑えない。
さて、これからどうしよう。
次の日、さっそく事務長から呼ばれた。「6月の面談の時、そう言ったつもりだったんだが、伝わってなかったかな。」
(いやいや、今年度でクビだなんて一言も言ってないぞ。いい加減なこと言ってんじゃない。)と、のどまで出かかったが、ここで大声出しても事態は何も変わらない。
ぐっとこらえて話の続きを聞いた。
「去年、契約更新したとおり、今年度でおしまいです。いや、本当に残念だ。お疲れさまでした。」
一体、人の人生を何だと思っているんだろう。
これから、女房子供抱えてどうやって生きていけばいいのか。
俺が辞めると聞いたら、子供たち(生徒)はいたく悲しむだろう。ちょっと言える雰囲気じゃないから黙って去っていくしかないかな。でも、それも寂しい話だ。
一瞬でたくさんの思いが湧き出してきたが、心はとても穏やかだった。「3年間お世話になりました。ありがとうございました。」と深々頭を下げ、面談室を出た。
みなさんに挨拶しないと。
とりあえず、教頭に事務長と面談したことを報告した。教頭はとても申し訳なさそうにしていた。
次に、社会科主任のところに行き「生意気なことばかり言って申し訳ありませんでした。お世話になりました。」と頭を下げた。
社会科主任、最初は何の話か理解できなかったようだが、俺が辞めると知ったらとたんに顔色が変わり「なんで君が」と一言だけつぶやき、しばらく顔を伏せた後「人生なんてそんなもんかもしれない。お疲れさま、元気でな。」と、とても悲しそうに微笑んでくれた。
みなさん忙しく働いているので、それとなくタイミングを見計らって「暇乞い」を続ける。
同僚の中には「それは訴えた方がいいんじゃない。」と訴訟を促してくださる方もいらっしゃったが、もうそんな気力も残ってない。
静かに消えていこう。
最後の職員会議で。
3月、卒業式が執り行われた。
俺が担任を持った、最初で最後の子供たちが、いま巣立っていく。
どうにも涙が止まらなくて、隣に座っている同期が「それはずるいよ、俺が泣けないじゃないか。」と漏らしていた。
俺も卒業なんだから、これくらい見逃してくれよ。
そして終業式も終わり、最後の職員会議に出席した。
冒頭、校長が話し始める。「バレー部の件については、本当に申し訳なく思っています。」と、何の脈絡もなく、誰に言っているかも判明せず、みなさんとても怪訝そうな顔をして聞いている。
しかし、それだけ言ったらあとはいつものように、来年度の抱負についての演説が始まった。
一体あの出だしは何だったんだろう。今もふと思い出すときがあって、そのたびに、ひょっとしたら俺に謝ったんだろうか、なんて勘ぐってみたりする。
会議が終わり、いろいろと後始末も終え、ついにこの学校を去る時が来た。
さて、明日からどうやって生きていこう。
この話は次回へ続く。